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映画という芸術がもつ独自の「文法」について書かれた評論。民族の言語が会議もなく精密な文法を結晶のように生む事実から説き起こし、二十世紀前半に生まれた映画も新しい結晶軸をもつと指摘する。イギリス映画『暁の雷撃戦』を例に、個人の主役や色恋を排し本物の船員を起用した点を論じる。レンズが見て描くこと、集団による創作であること、カットを繋辞なしでつなぎ解釈を大衆に委ねること——この三つの冒険を映画の特徴として説明していく。